2026年6月1日、改正保険業法が施行されました。「結局、何が変わって、自社は何をすればいいのか」——多くの代理店経営者が、いちばん知りたいのはそこだと思います。
この記事は、その問いに、できるだけ具体的に答えることを目的としています。お話を伺ったのは、杉江潤顧問。元東京国税局長として税務行政の中枢にいらっしゃり、その後、投資信託協会で副会長専務理事を8年間務め、金融商品の販売規制の最前線を見てこられた人物です。聞き手は、生命保険協会の認定代理店として募集現場とシステム提供の”両側”に立つWizleap代表・谷川昌平。
「改正保険業法とは何か」「現場はどう変わるか」「経営者は何をすべきか」——この3つに沿って、整理していきます。
杉江 潤 顧問元東京国税局長として税務行政の中枢を担い、その後、投資信託協会で副会長専務理事を8年間務め、金融商品の販売規制の最前線を見てきた。本記事では、その経験と大局観から、保険業界の改正を読み解く。現在はWizleap株式会社顧問。
谷川 昌平Wizleap株式会社
代表取締役。生命保険協会の認定代理店として保険募集の現場に立ちながら、保険代理店向けクラウド「MCクラウド」を提供。募集の現場とシステム提供の”両側”から改正に向き合う。本記事では、代理店現場の実情を踏まえて聞き手を務める。
Part 1. 改正保険業法とは何か
1. 改正保険業法を、どう捉えるか
谷川まずは大きなところから伺わせてください。今回の改正保険業法は、金融行政全体の流れの中で見ると、どう位置づけられるものなのでしょうか。
谷川昌平(Wizleap株式会社 代表取締役)
杉江顧問結論から申し上げると、今回の改正は、保険業界だけの個別の制度改正ではありません。金融行政全体が、この20年ほどかけて、「ルールを形式的に守ればよい」という考え方から、「顧客の最善利益という”原則”に立ち返って、各社が自ら考えて行動する」というプリンシプルベースの方向へ、大きく舵を切ってきました。今回の改正も、その流れの延長線上にあると、私は捉えています。証券業界の金融商品取引法の改正、銀行の顧客本位の業務運営も、同じ方向でした。
谷川プリンシプルベースというのは、いわば価値観・コンセプトの共有であって、それをどう解釈し、自社の運営としてどう実現していくかを、各社が求められている、ということですね。
杉江顧問もうひとつ注目していただきたいのは、改正法の条文そのものよりも、その運用を示す監督指針の側です。中立的な第三者評価の活用、営業推進態勢の新設、不正請求の疑義事案への対応——こうした論点は、書類のチェック項目を増やすというより、各社が”自分の頭で考えて”運営することを求めている。プリンシプルベースの、典型的なアプローチなんですね。
杉江顧問ですから経営者の皆さまには、個別の条文や書類対応の話に入る前に、まず「金融庁は、私たちに”自分の頭で考えて”顧客本位の業務運営を実現することを求めている」——この大きな流れを捉えていただきたいのです。そこを押さえるだけで、今回の改正の解像度は一段上がります。
(編集部注)改正の背景と構造
今回の改正の直接の契機は、2023年に発覚した保険金不正請求問題や、大手損害保険会社間の保険料調整問題を受けた金融審議会での議論である。改正の中身は、レイヤーを分けて捉えると理解しやすい。
● 法律の主な柱(2025年5月成立・2026年6月1日施行)
- 特定大規模乗合保険募集人(いわゆる大規模乗合代理店)の体制整備の強化
- 比較推奨販売の適正化(具体的なルールは内閣府令・監督指針で別途整備)
- 過度な便宜供与の禁止
内閣府令(施行規則)等は2026年3月30日に公布。体制整備義務として「事業所ごとの法令等遵守責任者」「本店の統括責任者」の設置などが定められた。
● 監督指針の改正案における論点(5点)
- 特定大規模乗合保険募集人の体制整備
- 同・損害保険代理店(兼業業務)の体制整備
- 保険会社等の体制整備
- 過度な便宜供与の禁止
- 保険仲立人の活用促進
出典:金融庁「令和7年保険業法改正に係る内閣府令等の公布」2026年3月30日 / 「保険会社向けの総合的な監督指針」等の一部改正案
2. 金融庁が本当に求めているのは「書類」ではない
谷川現場の代理店から一番多い質問が、まさに「結局、何をすればいいのか」です。書類を整えればいいのか、研修を増やせばいいのか、システムを入れればいいのか。金融庁が求めているのは、書類を整えることなのでしょうか。
杉江顧問いいえ、求められているのは書類ではありません。書類はあくまで結果であって、本当に問われているのは「お客様本位の業務運営が、実際に現場で回っているか」です。方針を作って終わっていないか。意向把握が、シートの項目を埋める作業になっていないか。募集人の提案品質を、経営者として把握し、改善できているか。——こうした実質が問われています。自社を点検するための具体的な3つの問いは、後段で改めて整理します。
Part 2. 現場(代理店)への影響
3. 比較推奨販売の記録──何が、どこまで重くなるのか
谷川現場でいちばん負荷が増えるのが、この比較推奨販売の記録です。たとえば30社の商品を扱う代理店が3社を推奨したとき、「なぜその3社か」だけでなく、「残りの27社をなぜ推奨しなかったか」も説明できる状態にしておくことが求められる方向です。これが商談のたびに積み上がる。杉江顧問は、かつての証券業界の適合性原則対応と重なる、とご覧になりますか。
杉江顧問記録の負荷が増えるという性質は、よく似ています。証券業界でも、適合性の原則に対応するために、お客様の属性、投資意向、リスク許容度、これまでの投資経験——こうした情報をヒアリングし、説明した内容を残し、なぜその商品を推奨したのかを記録として残す、という負担が広がりました。当時、これを紙やExcelで対応しようとした会社も、少なくありませんでした。
杉江顧問その後どうなったか、ですが、私が見てきた範囲で申し上げると——扱う相談件数が一定規模を超えてくると、紙やExcelでは限界に直面する会社が増えていきました。書類が積み上がって必要な記録がすぐ引き出せない、Excelでは入力漏れや転記ミスが起きて、検査の際に整合性が取れない。こうした声を、当時の現場からよく聞きました。結果として、特に大手を中心に、適合性原則対応のためのCRMや記録の電子化、推奨理由を構造的に残す仕組みへの投資が進みました。中小の事業者でも、紙やExcelとの併用からシステム側へ寄せていく動きが広がった、と認識しています。
杉江顧問今、保険業界で「紙やExcelで何とかなる」というお話を聞くと、この時期の証券業界の景色を思い出します。当時も「うちは規模が小さいから紙で十分」「Excelで管理できる」という会社が一定数ありました。ただ、商談量が一定の閾値を超えてくると運用が回らなくなるのは、業界の性質として共通だと思います。業務プロセスと、それを支える仕組みをセットで設計しなければ続かない——これは過去の業界の動きから学べる教訓です。早く着手するほど、自社の業務に合った形に作り込める余地が残ります。
4. 「検査が来ないから関係ない」は、なぜ誤解なのか
谷川中小規模の代理店から、「金融庁の検査が直接入るのは一部の大手だけで、自分たちには関係ない」という声をよく聞きます。
杉江顧問ここは、誤解されやすい点なので、丁寧に申し上げます。大事なのは、「直接検査の頻度」と「規制適用の対象」は別の問題だ、ということです。金融庁がすべての代理店に直接検査に入るのは、頻度として現実的ではなく、大手が中心になります。しかし、規制そのものは規模を問わず適用される。ここを混同してはいけません。
杉江顧問私が金融行政に関わっていた経験から申し上げると、規制の実効性は、3層のルートで確保されていると考えます。第1層は、金融庁による直接検査。これは大規模代理店や、特定大規模乗合保険募集人が中心になります。第2層は、保険会社による代理店管理。今回の改正で、保険会社の代理店指導・管理責任が大幅に強化され、保険会社は「自社の代理店が法令を守れているか」を監督する側に立ちました。第3層は、業界団体による業務品質評価。生保協会・損保協会が、代理店の業務品質を評価する仕組みを設けています。
杉江 潤 顧問(元東京国税局長・Wizleap株式会社 顧問)
杉江顧問このうち第2層・第3層は、規模に関係なく波及します。保険会社は、自社が金融庁から指導されないために、代理店を厳しく見るようになる。業界団体の評価制度には、認定代理店として残るために対応せざるを得なくなる。ですから、規模が小さいから規制の外にいられるわけではなく、むしろ小規模な代理店ほど、保険会社からの管理強化や業界団体の評価のなかで、適切な体制を求められる度合いが高くなる——これが行政の射程の現実です。
杉江顧問もう一点。今回の改正で、保険会社は「自社の代理店が適切な募集を行えているか」を、これまで以上に見るようになります。委託先としての見直しが進むこともあるでしょう。ただ、ここで物差しを「保険会社にどう見られるか」に置くのは、私は順序が逆だと思います。本筋は、自社が顧客本位の、正しい募集体制を整えられているか。そこさえ本物であれば、検査も、保険会社との関係も、結果として後からついてきます。「検査が来るかどうか」で動くのではなく、「正しい募集体制を、自分たちの手で築けているか」——そこに物差しを置いていただきたいのです。
5. 先に経験した証券・銀行では、何が起きたか
谷川証券・銀行は、同じ「原則で考えさせる」規制を先に経験しています。対応した企業としなかった企業で、差はついたのでしょうか。
杉江顧問私が投資信託協会にいた頃、証券業界や投資運用業界の動きを間近に見てきました。証券業界では、適合性の原則という規制を、「対応せざるを得ないもの」と捉えた会社と、「経営を新しくする機会」と前向きに捉えた会社の、2つの対応がありました。形式的に金融庁の言うことをやるのではなく、自社に合わせて実質的に——社内の評価制度を見直したり、システムを変えたり——というところと、そうでなかったところで、大きく分かれたのです。その後、形式的な対応で済ませた会社の多くは業績が伸び悩み、なかには経営に苦しんだ会社もあったと聞いています。一方、前向きに取り組んだ会社は、規制対応を終える頃には顧客からの信頼が積み上がって、その後の競争で優位に立った。私は、その両方の事例を間近で見てきました。銀行業界でも、同じことが起きています。つまり、規制にどう対応するかという質的な違いが、その後の経営の質に直結する、と私は考えています。
Part 3. 代理店経営者は、何をすればいいのか
6. まず、3つの問いで自社を点検する
杉江顧問が経営者に問いかけたいこととして、以下の3点を挙げました。
| 問い |
確かめること |
「形式止まり」のサイン |
| ① 顧客本位の方針は、現場まで届いているか |
方針が、提案や日々の判断に反映されているか |
方針がWebサイトに掲載されるだけで終わっている |
| ② 意向把握は、対話になっているか |
顧客と本当に向き合う対話になっているか |
意向把握が、シートの項目を埋めるだけの作業になっている |
| ③ 提案品質を、把握・改善できているか |
誰がどんな提案をしているか経営が見えているか |
募集人の提案を、経営者が把握できていない |
(表は杉江顧問の発言をもとに編集部で整理)
1つでも「はい」と言い切れないなら、そこが出発点です。逆に言えば、ここはすべて、経営者が手をつければ変えられる領域です。
7. 「詳細が固まってから動く」では、なぜ遅いのか
谷川代理店の中には、「規制の詳細が固まってから動こう」という経営者の方もいます。過去のご経験から、これはどうご覧になりますか。
杉江顧問理由は3つあります。第一に、規制の詳細がすべて固まってから動こうとすると、やや手遅れになります。第二に、規程を作り、研修し、現場に浸透させるには、半年や1年では終わらない。第三に——これが本質ですが、早く動いた会社は試行錯誤の時間があるので、自社に合った形に作り込める。後追いは他社の真似になり、形だけになって現場で機能しません。今回の改正は、すでに法律が成立し、大きな方向性は示されています。細部の詰めはこれから固まる部分も残りますが、それを待っているうちに準備期間を失ってしまう。「すべてが固まってから動く」という段階は、もう過ぎているのです。
8. システムと経営者の、役割分担
改正対応を進めるうえで、記録・集計のように「仕組みに任せられる部分」と、「経営者にしかできない部分」は、混同しないほうがよいと杉江顧問は言います。
杉江顧問仕組みに任せられるのは、記録する・集計する・抜け漏れにアラートを出す、という情報の流通とトレーサビリティの確保です。一方、そこで見えてきたものを使って、研修を強化する、評価制度を見直す、営業目標の立て方を変える——こうした判断は、経営者にしかできません。
杉江顧問誤解しないでいただきたいのは、仕組みを入れれば経営の手間が減る、わけではないということです。むしろ、可視化されたものに経営として向き合う時間は増えます。ただそれは、経営者が”自社の業務を見る目”を持つということでもある。プリンシプルベースの行政は、各社が自ら考えて運営することを求めます。そのためには、自社の状態が見えていなければならない。仕組みは見える化を担い、経営者は判断を担う。この分担が要点です。
9. 規制を”チャンス”に変える会社の共通点
谷川規制対応を「負担」ではなく「機会」にした会社には、共通点がありましたか。
杉江顧問私の見てきた範囲では、3つです。第1点、経営トップが「現場の仕事」ではなく「経営課題」として関与していた。第2点、規制対応に乗じて、非効率な既存業務そのものを見直していた。第3点、顧客本位を「守らされるもの」ではなく「選ばれる理由」として位置づけていた。こうした会社は、対応が一段落した数年後に、顧客基盤や業界内の評価という、目に見えにくい資産を残していました。これも断定ではなく、私の観察です。ただ、向き合い方の差は、後から効いてくる——その実感はあります。
杉江 潤 顧問(元東京国税局長・Wizleap株式会社 顧問)
谷川少し話は変わりますが、杉江顧問が当社(Wizleap)の顧問を引き受けてくださった理由も、ぜひお聞かせください。
杉江顧問2つです。ひとつは、私が投資信託協会で資産運用立国の政策に携わるなかで、国民一人ひとりが良いアドバイスを受けて資産形成や保険選びができる仕組みの必要性を感じてきたこと。Wizleapが、その最善のアドバイスをITで支える仕組みを作っていると伺い、力になりたいと思いました。もうひとつは、谷川さんが「システムを売る」ではなく「業界全体の業務品質をどう上げるか」という高い志を持った視点で話されていたこと。私の経験では、規制対応を業界全体の課題として捉える経営者は、良い影響を業界に残します。だからお引き受けしました。
10. 経営者へ──「あなたの代理店は、お客様の最善利益のために、何をしていますか」
杉江顧問最後に。今回の改正は、書類を増やすためのものではありません。「各社が自ら考え、自ら運営する」方向への、大きな転換の一部です。言い換えれば、金融庁から経営者への問いかけでもある。「あなたの代理店は、お客様の最善利益のために、何をしていますか」「方針を、現場の運営にまで落とし込めていますか」と。
杉江顧問この問いに、ご自身の言葉で答えられるか。立ち止まって考えてみてください。そこから、すべてが始まります。
谷川本日は、ありがとうございました。
── 編集部より ──|記録管理を、どう支えるか
本記事で杉江顧問が指摘した「業務プロセスと、それを支える仕組みをセットで設計しなければ続かない」(Part2)という観点は、システムの有無にかかわらず向き合うべきものです。そのうえで、商談量が増えたときに記録・集計・トレーサビリティを支える選択肢のひとつが、私たちWizleapが提供するMCエキスパートクラウド(MCEC) です。
MCECが担うのは、杉江顧問の言う、仕組みに任せられる領域——比較推奨販売をはじめとする募集記録の一元管理と、集計・トレーサビリティの確保まで。評価制度や営業目標をどう見直すかという経営判断は、経営者の仕事です。私たちは、その判断に時間を割けるよう、記録管理の土台づくりを、改正対応の”入口”としてお手伝いします。